実践事例 03 / 広報設計 / CASE 03 / COMMUNICATION DESIGN

福壽院・
福寿の里霊園

寺院の祈りを、
販売の言葉へ縮めない。

進行中調査・写真・広告・Web・運用
地蔵像と、その奥に見える富士山
福壽院・福寿の里霊園 第1回撮影より

01 / 調査の核 / RESEARCH CORE

寺に残らなかった記録を、外から拾い直す。

現住職への聞き取りでは、寺内に継承されている古文書・古写真等は、現時点で確認できていない。

そこで、寺の外に残る文献、地域資料、古写真、地図と、現在の土地、樹木、地形、人の記憶を照合しながら、福壽院の時間を組み直している。

『長岡 岩浪家文書』の資料扉
長岡 岩浪家文書調査で参照した資料。
『長瀬 内田家文書』の資料扉
長瀬 内田家文書調査で参照した資料。
静岡県田方郡の地名考の資料表紙
地名考古奈、天野、小坂、長瀬、戸沢、花坂、増之上。

書籍本文そのものを大量に転載せず、資料名と確認した内容を分け、木村広報設計室が調査結果として再構成している。

寺だけではなく、花坂を読む。

『地名考』には、花坂が山地の集落であり、約54ヘクタールの範囲に主としてミカンが栽培されていた旨が記されている。窯跡や、かつての陶瓦の窯業を示す記述もある。

土地 / LAND斜面地

山の斜面と集落の高低差を、寺の立地とあわせて読む。

農業 / AGRICULTUREミカン

文献には、花坂で主にミカンが栽培されていたと記される。

生業 / WORK窯業

窯跡や陶瓦の生産を示す記述から、土地の生業も調査対象とする。

眺望 / VIEW集落

福壽院から下方の花坂集落を望むという記述を、現在の地形と照合する。

現在、住職宅の裏山にも多くのミカンの木がある。

ただし、現在の木や畑が過去の栽培景観から直接連続するかは、まだ確認できていない。

根拠を、混ぜない。

調査では、確定事項、聞き取り、現地観察、推定を同じ強さで扱わない。何によって確認した情報かを残したまま、次の調査へつなげる。

A

文献

図書館等の資料に実際に記載されている事項。

B

古写真・地図

画像から確認できる建物、地形、樹木、道路等。

C

聞き取り

現住職から得た記憶、伝承、寺院間の関係。

D

現地観察

現在その場所に存在する建物、樹木、地形等。

E

推定・仮説

複数の根拠から考えられるが、まだ確定していない事項。

この区分は、提出用「福壽院 調査・広報設計 現時点整理報告書」2026年8月7日版を基準としている。

時間軸は、仮のまま残す。

「文献にそう記されていること」と「一次史料で確定した事実」を同一視しない。現在の年表は、調査が進めば更新される。

1718享保3年

創立の記述

『地名考』に、享保3年創立との記述がある。一次史料による確定は今後の課題。

文献
1720享保5年

開山の記述

『地名考』に、享保5年開山との記述がある。開山人物・法系の追加照合が必要。

文献
1930昭和5年

北伊豆地震

文献には被害・荒廃の記述がある。「倒壊した」という点は現住職の証言として区分する。

文献+聞き取り
昭和40年代再建・整備

再建・整備

文献に再建・整備の記述がある。具体的年代・関係者は継続調査。

文献
現在継承を調査中

現在の福壽院

寺院史と、人を通じた継承史がどこで接続するかを調べている。

現地+聞き取り

旧景と、現在地を重ねる。

『伊豆長岡町史』には「福壽院(花坂)」の旧景が残る。石段、門、石垣、寺号碑、樹木、境内への軸線が、現在地を探る手掛かりになる。

現住職から、旧写真の門の左側に写る柿の木は、現在住職が暮らす家の庭にある柿の木であるとの説明を受けた。

『伊豆長岡町史』に掲載された福壽院(花坂)の旧景
旧景|写3-33 福壽院(花坂)出典:『伊豆長岡町史』308頁。撮影年・撮影者は現段階で未確認。
現在の住職宅の庭にある柿の木の現状記録
現在|柿の木の現状記録住職証言による照合候補。後日、比較可能な構図で正式再撮影を予定。
状態 / 未確認 / STATUS / NOT CONFIRMED

「同一の柿の木である」という情報は現住職への聞き取りに基づく。樹幹・枝ぶり・石垣・高低差・山の斜面・建物位置・門の向きを現地で照合し、旧写真の撮影位置と方向を復元する。

建物が失われても、土地には残るものがある。

柿の木、ミカン、斜面、石垣、旧道。建物だけではなく、土地の使われ方や景観の痕跡も調査対象として記録する。

確認

文献に残るミカン

花坂では主にミカンが栽培され、福壽院から黄金色に熟す景観が望めた旨の記述がある。

観察

現在の裏山

現在の住職宅裏山にも、多くのミカンの木が存在する。

未確認

直接の連続性

現在の木や畑が、過去の栽培景観から直接続くものかはまだ分からない。

分からないものを、分かったことにしない。それでも、現在の風景を次の調査へ残す。

第二の調査軸 / SECOND RESEARCH AXIS

寺の歴史と、寺を継いだ人の歴史。

だいにちざん ようあんぜんじ大日山 養安禅寺現住職への聞き取りから生じた、新しい調査軸。
聞き取り / 未検証

岐阜の大日山 養安禅寺との関係が重要である。

聞き取り / 未検証

養安禅寺には約550年の歴史があるとの説明。

聞き取り / 未検証

織田家六代の墓所があるとの説明。

聞き取り / 未検証

現住職の師匠は福壽院を隠居所とする予定だったが、69歳で遷化したとの説明。

聞き取り / 未検証

ある門は「マルマンガスライター」からの寄付で建てられたと聞いているとの説明。

大日山 養安禅寺→師匠→福壽院→現住職

上記は現段階では現住職への聞き取り情報。寺史、法系、師弟関係、墓所、門の建立・寄進について文献・寺院資料で検証する。

現在を、撮る。

施設を網羅するためだけではなく、その場所に何があり、何が続いているのかを見る。入口、供花、石仏、天国ポスト、施設全体へと視線を移しながら記録した。

地蔵像と、その奥に見える富士山
DSCF1471地蔵と富士山。
福寿の里霊園と福壽院の名称が記された入口全景
DSCF1462_1入口全景。
墓誌の前に供えられた花と通路
DSCF1473供花と墓誌。
合掌する石仏の近景
DSCF1480石仏の近景。
花に囲まれた天国ポストと小さなフクロウの置物
DSCF1508天国ポスト。
福寿の里霊園と福壽院を上方から見渡した施設俯瞰
DSCF1521施設俯瞰。

祈りは、現在にも続いている。

墓所を写すだけでは、供養の現在は伝わらない。墓前に立つこと、手を合わせること、僧侶が祈ること。その身体の動きと時間も、場所を理解するための記録として残した。

墓前で二人が手を合わせて祈る様子
DSCF1538墓前で、手を合わせる。
僧侶が墓誌を示しながら供養の場を案内する様子
DSCF1562名前と記憶を、確かめる。
数珠を手に墓前で深く頭を下げる僧侶
DSCF1577深く、頭を下げる。
本堂内で本尊に向かい合掌する僧侶
DSCF1628本堂の内で、祈る。
墓前で僧侶が頭を下げて祈る様子
DSCF1635墓前の祈り。
小さな供養墓の前で僧侶が頭を下げて祈る様子
DSCF1637供養のかたちは、ひとつではない。

次に、現地で確かめる。

資料を増やすだけではなく、現在地で検証できることを優先する。次回調査の目的を、撮影前に明確にしておく。

  1. 旧福壽院と現在住職宅の位置関係旧写真の撮影方向、石垣、高低差、山の斜面、現在建物の位置を照合。
  2. 柿の木の正式再撮影旧写真と樹幹・枝ぶり・周囲の地形を比較できる構図で撮影。
  3. ミカンと土地利用裏山のミカン、斜面、旧道、石垣等を記録し、『地名考』の記述と照合。
  4. 養安禅寺との関係寺史、法系、師弟関係、織田家墓所、師匠の経歴を確認。
  5. 門の由来建立時期、寄進者、再建過程を資料と証言の双方から確認。
  6. 昭和40年代以降の継承史再建・整備から現在住職に至る経緯を聞き取りと資料で補う。
  7. 追加資料探索北伊豆地震前後の写真、古地図、寺院名鑑、地域史などを探す。

調査が、広報へ変わる。

調査と撮影を、単独の成果物として終わらせない。理解が増えるたび、写真、広告、Web、公開情報の精度を更新する。

01

調査

何が分かり、何がまだ分からないかを整理する。

02

写真

土地、祈り、施設、人との距離を記録する。

03

Web・広告

販売情報だけに寄らず、背景と現在を一つの文脈にする。

04

更新

新しい資料・証言が得られれば、既存の表現も修正する。

現時点の整理 / CURRENT SYNTHESIS

寺内に残らなかった記録を、
土地と人に残る痕跡から拾い直す。

文献が残った。

古写真が残った。

地名が残った。

ミカンが残る。

旧写真との関係が指摘された柿の木が残る。

そして、人の記憶が残っている。

それぞれを同じ根拠として扱わず、区分したまま照合し、福壽院の時間を再構成していく。

寺院や地域の広報も、
調査から始められます。

何を広告するかではなく、何を理解してから伝えるべきかを整理します。

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