右主枝
低く。長く。少し伏せる。
記録RECORDS2026.08.01
理解から始まり、形として現れる。
木は、在る。
気は、通う。
印は、そのあいだに静かに立つ。
なぜ、この印が必要だったのか。
第一幕|まだ、形ではない。ACT I / 理解 / UNDERSTANDING
木村広報設計室は、「伝える前に、理解する。」ことから始める。対象の歴史や土地、人、文化、背景、まだ言葉になっていないものを読み、その中から何を残すべきかを考える。
ならば、その方法を木村広報設計室自身へ向けたとき、何が生まれるのか。既にある形へ意味を後から付けるのではなく、自らの思想を理解するところから始め、それを印という構造へ移していく。その工程そのものを示すために、このシンボルは必要だった。
では、その方法を自分自身へ向けたら、
何が生まれるのか。
思想を、
印という形で表す。
在るもの。
木を選んだのは、「木村」という名に木が含まれるからではない。木は、その場所に立つ。光を受け、風を受け、季節を受け、時間を受ける。そして、自分から場所を説明しなくても、その環境を受けた姿として存在している。
木村広報設計室が対象へ向き合うときも、先に形を押しつけるのではなく、まずそこに在るものを受け取る。その姿勢を考えていった結果、木が残った。
在り方を考えた結果、
木が残った。
通うもの。
人と人との距離、土地に積み重なった時間、まだ言葉になっていない思い、空気、気配。広報設計で扱うものの中には、目に見えないものが多い。
だから「気」を何かの図柄として描くのではなく、内と外、人と対象、あるものとあるものの間を通える状態として考えた。見えないものそのものではなく、見えないものが通るための条件をつくる。
気を描くのではなく、
気が通ることを形にする。
関係の密度。
一つの対象は、それだけで存在しているわけではない。土地、歴史、人、文化、周囲の営み。対象の外側には、それを形づくってきた多数の関係がある。
森は風景の背景ではなく、その関係の密度として残った。密度は必要である。しかし、密度が強すぎれば、気の通り道を塞いでしまう。森は存在しながら、通る場所を残さなければならない。
森を残しながら、
気を塞がない。
通るために残すもの。
余白は、何も描かなかった結果ではない。木と森の間、内と外の間、目に見えるものと目に見えないものの間に、関係が通るための場所として残す。
余白は、描かなかった場所ではない。
通るために、残した場所。
それらが在る場。
木、気、森、余白。それぞれを別々の記号として置くのではなく、一つの場の中で関係させる必要があった。円は飾りの枠ではなく、それらが在る世界として考えた。
形を先に決めたのではない。
理解を進めた結果、これらが残った。
初期構想初期構想 / INITIAL CONCEPT
思想が、最初に
形を持ち始めた。
少し右へ立つ木。
左上に残された空間。
外から入り込む密度。
円の中と外をつなぐ場所。
概念図DIAGRAM / CONCEPTUAL
円を、ただの輪郭として見ることをやめた。内側に何かを収めるための枠ではなく、木、森、余白、気が同時に存在する場として考える。
円の中には、世界がある。
開口位置検討・概念図OPENING POSITION STUDY / CONCEPTUAL
円の方向。
開口位置を決めることは、円の中の世界と外の世界が、どこでつながるのかを決めることでもあった。まず、上下左右と斜めの方向を一度分けて考えた。
東。EAST
東には日の出がある。光が闇を払い、新しい気が入ってくる。入口として考える理由は十分にあった。しかし、東へ直接開くと、東から受け取る、あるいは東へ放つという一方向の関係が強く見えた。
一方向だった。
西。WEST
西は日が沈む方向である。何かが終わる側から気を受け取る構造にすることには違和感が残った。ここにも意味はある。しかし、この印が求める通い方とは異なった。
南。SOUTH
南へ直接開けば、上下の軸が強くなる。地と外部を直線で結ぶような読みが生まれ、やはり気の動きが一つの方向へ固定されるように感じた。
北。NORTH
北も同じだった。頂点へ直接開くと、垂直方向の意味が強すぎる。どの方向にもそれぞれ理由はあったが、どれか一つの軸へ固定したくはなかった。
どこにも意味はあった。
しかし、どこも一方向だった。
位置を探す開口を探る / SEARCHING FOR THE OPENING
そこで、開口を上左方向へ移していった。25°付近まで振った案も試したが、まだ一方向へ流れているように見えた。位置を少しずつ上へ戻し、外から入る気と、内側から外へ抜ける気が同時に感じられる場所を探した。
上左方向へ移す。
一方向性が弱まる位置へ戻す。
内と外の両方向が残る場所へ。
10時59分30秒。
開口位置の検討OPENING POSITION STUDY
第二幕|気配を、測る。ACT II / 検討 / EXAMINATION
開口位置として残った、10時59分30秒。ここから、その気配を再現可能な構造へ置き換えていく。
東から来る気配を、そのまま一方向へ入れるのではない。東側から上へ向かう気配が円の頂点付近を回り、10時59分30秒の開口へ向かう。同時に、円の内側にある気配も、同じ場所から外へ抜けていくように感じられた。
外から内へ。
内から外へ。
入口でもある。
出口でもある。
しかし、そのどちらか一方ではない。
位置と幅POSITION / OPENING LENGTH
位置は見えた。
しかし、位置だけでは入口にはならない。どこを開くのかとは別に、どれだけ開くのかを決める必要があった。
位置と、幅は
別の問題だった。
計算記録計算記録 / CALCULATION RECORD
10:58 — 11:01
差は、3分。
1.5°
計算としては、明快だった。
しかし、形として見ると
小さすぎた。
約0.417%
つまり、円周全体の1%にも満たない。
小さすぎた。
3分という区間。
その区間の中点。
捨てたのは、時刻ではない。
位置には10時59分30秒を残す。
幅は、別に考える。
比例設計比例設計 / PROPORTIONAL DESIGN
大きさが変わっても、
関係を変えない。
開口部の長さは、シンボル全体の直径の10%。
中心角の計算CENTRAL ANGLE CALCULATION
L = rθ
円弧の長さ L は、半径 r と中心角 θ の関係から求める。この式では θ をラジアンで扱う。
≒ 11.46°
0.20ラジアンを、普段使う角度へ直すと約11.46°になる。
11.46
開口弧長 0.10D を、外円上の中心角へ換算した値。
この数字は、ここで終わらなかった。
側壁設計・概念図SIDEWALL DESIGN / CONCEPTUAL
外円は、単なる線ではなく、内側の世界を包む側壁として考える。厚みをまったく別の数値で決めるのではなく、開口設計で現れた11.46という値を、次の比例へ受け渡した。
T = 0.0573D
側壁の厚さを、シンボル全体の直径の5.73%とする。
5.73%でなければならない、
という数学ではない。
11.46°を半分にすれば、数学的に5.73%という厚さが導かれる、という意味ではない。角度と厚さは異なる量である。
一つの設計過程から現れた数字を、
次の構造へ受け渡した。
線ではなく、側壁になった。
すると、開口部の切断面そのものが見えるようになった。そこで次の違和感が現れた。
垂直だった。
開口側壁検討開口側壁検討 / OPENING SIDEWALL STUDY
0°
側壁を垂直に切る。幾何学的には整う。しかし、円内部から続いてきた流れが、切断面で止まって見えた。
物理的には開いている。
しかし、視覚的には止まっていた。
入口に、壁が立っていた。
開けばよいわけではなかった。
1°
開口部の側壁を、垂直から外側へ1°開く。
垂直では、気の流れが切れて見える。開きすぎれば、外へ放つ、あるいは内へ吸い込むという一方向性が強くなる。少しずつ開いたり閉じたりして検討した結果、1°ではそのどちらにも固定されなかった。
閉じてはいない。
しかし、どちらかへ流してもいない。
位置。幅。開き方。三つは別々の問題だった。しかし、守ろうとしていたものは同じだった。
内と外の、両方向を残す。
入口はできた。
場もできた。
しかし、まだ世界はない。
次に、木を立たせる。
第三幕|世界を、立ち上げる。ACT III / 形成 / FORMATION
入口と場はできた。しかし、円の内側にはまだ何も立っていない。ここから木を置き、森、余白、地との関係を組みながら、小さな世界を立ち上げていく。
次に、木を立たせる。
配置検討POSITION STUDY / CONCEPTUAL
円には明確な中心がある。そこへ木を置けば、左右の余白は均等になり、構図としては安定する。
整っていた。
しかし、整いすぎていた。
生きた景色というより、人が中心へ配置した図形に近づいた。
景色。
気配。
生物。
植物。
どれをとっても、
左右均等ではない。
左右対称そのものを否定したのではない。この印の中へ、人工的に整えた均整を収めたいわけではなかった。自然には偏りがあり、その偏りを含んだまま全体として釣り合っている。
求めたのは、
偏りながら成立している均衡だった。
木配置検討TREE POSITION STUDY / CONCEPTUAL
中央。
まず、中心に置く。少し右へ。
木が動くと、余白が変わる。さらに右へ。
余白が変わると、気配も変わる。位置を戻す。
右なら、どこでもよいわけではない。木配置検討木の配置検討 / TREE POSITION STUDY
右なら、
どこでもよいわけではなかった。
見ていたのは座標だけではない。木の高さ、枝の長さ、開口との距離、左側へ残る空間、そして後から森が入る余地。そのすべてを同時に見ながら位置を探した。
中心を外すことで、
関係のための場所が生まれた。
左側に残った空間は、木のための空きではない。開口から入る気、森との距離、内側から外へ戻る気配。それらが通り、関係するための場所として働き始めた。
盆栽。
小さな場に、景色を立ち上げる。
木の位置、高さ、枝の長さ、角度を詰めていく中で、印の中に盆栽の世界が立ち上がってきた。盆栽を図柄として描こうとしたのではない。限られた場の中に、木、地、空間、時間、景色を成立させる考え方が重なった。
一本の木ではなく、
小さな世界を立ち上げる。
枝構成検討枝構造検討 / 概念図 / BRANCH STRUCTURE STUDY / CONCEPTUAL
低く。長く。少し伏せる。
高く。短く。主張しすぎない。
右と左を同じ形にしない。自然の偏りを残しながら、全体の重心が崩れないところを探した。枝は個別に美しくするのではなく、開口や余白まで含む円全体との関係で決める。
左右は等しくない。
しかし、全体では釣り合っている。
枝は、気を塞がない。
枝を美しく伸ばすことだけを優先すると、開口から続く空間を塞ぐ。木の一部分より、世界全体の関係を優先した。
枝接合部検討枝接合部検討 / 概念図 / BRANCH JUNCTION STUDY / CONCEPTUAL
枝に気を取られない程度に、
自然につなぐ。
幹上端検討幹先端検討 / 概念図 / TRUNK TIP STUDY / CONCEPTUAL
上へ向かう。
しかし、突き刺さない。
森侵入検討・概念図FOREST PENETRATION STUDY / CONCEPTUAL
森は、背景ではない。
円の外にも、世界は続いている。外から、内へ。
密度が円の中へ入る。森を強くする。
森らしく見える。しかし、空間が狭くなる。入りすぎた。
気が通れなくなった。森構造概念図FOREST STRUCTURE / CONCEPTUAL
0.90T + 0.40T + 0.45T = 1.75T
別々の意味を持つ構造を、同じ比例体系の中で組み上げた結果、近い値へ戻った。数値の一致を目的にしたのではなく、開口、側壁、森、気路を一つの関係として扱った結果である。
森侵入量検討森への入り込み方の検討 / FOREST PENETRATION STUDY
森を減らしたのではない。
気が通るところまで、
戻した。
近い。
しかし、触れない。
理解するための距離。
対象へ近づかなければ理解できない。しかし、自分と対象を完全に重ねれば、対象を自分の意味で塗り替えてしまう。近づく。しかし、飲み込まない。その距離を、木と森の間にも残した。
地の形状検討地面形状検討 / 概念図 / GROUND FORM STUDY / CONCEPTUAL
平らにした瞬間、
世界が二つに分かれた。
円の曲率で成立していた世界へ、突然別の直線が入る。木と地が分離し、木が何かの台の上へ置かれたように見えた。そこで地にも円の曲率を戻した。
木を、地の上へ置くのではない。
地の中から、立たせる。
構造確認のための概念図構造検証 / 概念図 / STRUCTURE REVIEW / CONCEPTUAL正式マスターではない。要素間の関係を説明するための図。
円の中に木を置いたのではない。
円の中から、
木が立ち上がった。
構造確認構造検証 / STRUCTURE REVIEW
木、森、地、余白、開口。世界は見えた。しかし、まだ「印」ではない。大きく見れば自然に見える細部が、小さくしたときにも同じ意味で残るとは限らない。
枝先、幹の先端、接合部、木と森の距離、地の曲率、開口。次は、それらを小さな印として成立するところまで削り、確かめる。
次に、削る。
第四幕|削る。確かめる。定着する。ACT IV / 精緻化・検証 / REFINEMENT / VERIFICATION
世界は見えた。しかし、まだ「印」ではない。ここからは、細部を増やすのではなく、小さくしても関係が失われないところまで削り、黒と白、18mmと21mmで確かめ、正式形へ定着させる。
次に必要だったのは、
削ることだった。
枝先検討枝先端検討 / 精緻化 / BRANCH TIP STUDY / REFINEMENT
大きく見れば、細かな揺れは枝の表情になる。しかし、小さくすると同じ揺れが突起や黒い塊へ変わることがある。縮小は単なるサイズ変更ではなく、細部の意味まで変える。
小さくすると、
細部の意味が変わる。
木らしくするために足したのではない。
木として残るために削った。
幹の先端を丸く閉じすぎれば棒に見え、鋭く尖らせれば方向が強くなる。枝の接合部がV字や瘤として強く見えれば、視線はそこで止まる。細部を整える目的は、細部そのものを見せることではなかった。
細部を直したら、
必ず全体へ戻る。
一部分の完成度より、木、森、余白、地、開口の関係全体が保たれているかを見る。
実寸検証実寸検証 / ACTUAL-SIZE VERIFICATION
画面上の表示寸法は閲覧環境により異なります。実寸評価は正式マスターパッケージの18mm・21mm確認データを使用して行いました。


18mmでは、枝先が潰れないか、接合部が瘤に見えないか、木と森がつながらないか、気の通り道が消えないか、地が平らに見えないか、開口が傷や欠けに見えないかを確認した。
大きさが変わっても、
同じ世界でなければならない。
実寸・反転検証サイズ・白抜き版検証 / SIZE / REVERSE VERIFICATION


黒では輪郭が締まり、細部が一つの塊として見えやすい。白抜きでは同じ輪郭でも広がって感じられ、余白の読みも変わる。別形へ作り分けるのではなく、同じ基本形が反転しても成立するかを確かめた。
反転しても、
同じ印であるか。
形の崩れは、
思想の崩れでもある。
小型化も、設計だった。
削ったのは、思想ではない。
思想以外のものを削った。
初期構想と整理形初期構想 / 精緻化形 / INITIAL CONCEPT / REFINED FORM


数値が増えた。角度を決めた。比例を組んだ。枝を削った。それでも、完成形が最初の一枚と無関係なものへ変わったわけではない。
最初に見えていたものを、
失わないために遠回りした。
主要設計値主要設計値 / KEY DESIGN VALUES
気配を数値へ
置き換えたのではない。
気配を失わずに残すために、
数値を与えた。


木は、在る。
気は、通う。
印は、そのあいだに静かに立つ。
終章|形成記録として残す。終章 / EPILOGUE
ここから読んでも、この記録の目的は一つである。完成したSVGだけでは残らない「なぜ」を、後からもう一度辿れるようにする。
「伝える前に、理解する。」という方法を掲げるだけではなく、その方法を木村広報設計室自身へ向けた。形を先に決めず、読み、汲み、関係を組み、確かめる。その実証として、この印が残った。
SVGが残れば、形は使える。しかし、なぜ10時59分30秒なのか。なぜ10%なのか。なぜ1°なのか。なぜ木は中央ではないのか。その判断は、記録しなければ消えていく。だから、完成品だけでなく、そこへ至る構造をRECORDSとして残す。
理解したものを、形にする。
形にしたものを、もう一度確かめる。
残すべきものが残り、
なくてもよいものが消えたとき、
それは一つの印になった。
理解から始まり、
形として現れた。
木気両義型シンボルMOKKI RYOGIGATA SYMBOLVersion 1.0 / 2026.08.01